COCOHELI×やまステ▲タイアップノベル

目次

遠く離れていても心は繋がっている

ココヘリとの出会い



満島凪咲《みちしま なぎさ》は、大きなザックを背負って自宅のマンションを出た。

服装は動きやすさと気温の変化への対応を重視した物で、靴は足をがっちりと保護するようなシューズを履いている。

まだ大半の人が寝ている朝早い時間なので、静かな町並みの中を駅に向かって歩きながら、ふと空模様を眺めた。

雲一つなく澄み渡っていて、とても良い天気だ。

電車に乗った凪咲はスマホを取り出して、母にLINEを送る。

『それじゃ行ってくるね!!』

画面には昨夜のやり取りが表示されている。
そこには今から行う登山のスケジュールもあった。

下山までの流れを可能な限り具体的に書いてあるので、どの時間帯にどの辺りにいるかや何をしているかが、母や一緒に住んでいる父にも分かるようになっている。

もちろん、その通りにいくとも限らないが。

そんな風に両親に伝えるようになったのは最近のことだ。
そうするようになった一つのきっかけがあった。

凪咲はふとザックに装着した八角形のタグのような物を見つめる。

それは『ココヘリ』という遭難時に役立つ会員制サービスの会員証であり、発信機でもある。

事前にしっかりと充電してあるので、電池残量の部分には緑のランプが灯っていた。

これなら問題はない。

「よーし」

凪咲はまだ人気の少ない電車の中で小さくガッツポーズを作って気合いを入れる。

絶好の登山日和なので胸がドキドキと高鳴っており、これから自分を待ち受けるものが楽しみで仕方がなかった。

居間の椅子に座っていた凪咲の母、晴恵《はるえ》はスマホが軽快な音を鳴らしたことで、娘から連絡が来たことに気が付く。

出発時刻は知っていたので、それより少し早く起床した形だ。

普段なら朝食の準備をするが、少し時間が早いということもあって、まずは凪咲からの連絡を待つことにしていた。

晴恵はすぐさま向かい側に座っている夫、誠《まこと》に声を掛けた。

「お父さん、凪咲からLINEが来ましたよ」

誠は読んでいた新聞を一度閉じると、厳めしい表情と低い声で言った。

「予定通りだな」

「早く返さないと。ほら、お父さんも考えて」

昔気質な人間の誠はスマホが苦手なので、娘への連絡は基本的に晴恵を介している。

その為、晴恵は二人分のメッセージを打った。

『行ってらっしゃい。気を付けてね。母より』

『楽しんできなさい。父より』

すぐに既読が付いて、可愛らしいマスコットのスタンプが来た。

それを見た晴恵は微笑する。

以前は凪咲に対してなかなか落ち着いた気持ちにはなれなかった。

彼女が実家を出てからは心配な気持ちばかりがあった。

そう思ってしまっても仕方がないような状態に自分達はあったのだ。

そんな状態の転機となったのは、凪咲が『ココヘリ』という登山で役立つ会員になったことだった。

「ふぅ」

登山を始めて二時間余り、凪咲は中腹辺りにある河原で休憩しながら軽食を口にしていた。

それと一緒にスマホを取り出して写真を撮る。

後で母に送るので、風景だけでなく自分も映した。

やはりこうした方が母や父からすれば嬉しいらしい。

画面の上端を見ると、電波は圏外になっている。

今回は一人で来ているので、もしここで道を間違えるなどしてしまえば、大問題だ。

命の危機となってしまう。

ペースは今のところ予定通り。

このままいけば昼前には頂上に到着することが可能で、日が暮れる前に下山も出来るだろう。

だけど、油断は禁物だ。

急に天気が悪くなることもあるし、荒れた道で躓いて怪我することだってある。

その為、登山の際には保険となるような物を用意するにこしたことはない。

軽量化にこだわりすぎて、いざという時に必要な物がなかった、なんて話はいくらでも聞くのだから。

そんな保険の内の一つ、それこそ凪咲がザックに装着している『ココヘリ』の会員証だった。

これがあれば、遭難した際にも早期発見が期待できる。

初めはその為だけに登録したつもりだった。

しかし、それは少し前まで壁が出来てしまっていた凪咲の家族との関係性に思わぬ変化をもたらしてくれたのだ。

事の始まりは凪咲が実家を出た今からおよそ三年前。
大学を卒業し、就職に合わせる形だった。

そうは言っても、別に電車に乗れば一時間程で帰れる距離だ。
週末にサッと帰ることだって容易い。

けれど、いつしか凪咲の足は実家からすっかり遠のいてしまっていた。

その理由として大きいのは、環境の変化によるものだったと思う。

始めて間もない仕事は覚えることばかりで、同僚や上司の交流にも気を遣い、更には初めての一人暮らしで困ることも多々あった。

あの頃は身体的にも精神的にも疲弊していたので、帰宅すれば夕飯もろくに食べずに寝てしまうこともあり、休日は外に出る気力も起きず溜め込んだ家事をするのが精一杯。

そんな状態だから、帰省はおろか両親に連絡しようとも思わなかったし、たまに母から連絡が来てもきちんと返事をするのは億劫で、適当に返すようになっていた。

正直、鬱陶しいと思うことさえあった。
こっちは頑張ってるのに、何にも分からないくせに、と。

凪咲の中で澱のように積もっていった負の感情は、両親と顔を合わせることを厭うようになった。

適当な理由を付けては帰省を避け続けた。

今にして思えば馬鹿な話だ。

辛いのに辛いとも言わずに、妙な意地を張って、勝手に一人で苦しんで。

きっと母も父も素直に頼れば、少しでもこちらが楽になるようにしてくれただろうに。

時が過ぎて、社会人三年目になった頃には仕事も随分と慣れており、日々の暮らしにも余裕が出てきていたので、何か休日に出来そうな趣味でも始めようか、と考え出すまでになっていた。

そうして、友人の誘いを受けて登山を始めてみたところ、それはどうやら性に合っていたようで、瞬く間にのめり込んでいった。

次の休日はどこの山に登ろうかと考えたり、アウトドアショップで無数にある道具からどれを買うかを悩んだり、誘ってくれた友人と前に登った山の話で盛り上がったり、そのどれもが信じられないくらいに楽しかった。

仕事も趣味も順調で毎日が充実していた。

しかし、一度距離を空けてしまった両親との関係については、その頃になっても上手く修復できずにいた。

正月に帰省するのがせいぜいで、その間も両親とは表面的なやり取りに終始して、泊まってゆっくりするようなこともなく、一人暮らしの自宅の方が遥かに落ち着く気持ちだった。

しばらく素っ気ない態度を取り続けてきてしまった為、実家にいた頃の自分が両親とどんな風に接していたのか、分からなくなってしまったのだ。

凪咲はすっかり両親と打ち解けられなくなっていて、それは良くないことだとは思いながらも、解消することも出来ないままに日々が過ぎていった。

そんな折のことだ、『ココヘリ』の存在を知ったのは。

『ココヘリ』は遭難した時に役立つ会員制サービスで、専用の会員証には発信機が付いており、警察や消防に連絡さえ入ればそれを利用してすぐに発見してくれる。

また、捜索時の費用も補償してくれて、他にもいくつかお得な特典があったりする。

登山には危険が付き物だ。

不注意が原因で遭難してしまうこともあるが、必ずしもそういうわけでもない。

当人が十分に気を付けていたにも関わらず遭難してしまう場合もあるし、そもそも人間は常に完璧な判断が出来るわけでもない。

誘ってくれた友人と一緒に登山することもあるが、一人で登山することも多い凪咲はもしもの事態が不安だったので、安全の為に『ココヘリ』に登録することに決めた。

ただ『ココヘリ』に登録していても、凪咲が遭難して帰らなかった場合にすぐさま警察等に連絡してくれる人がいなければ効果は薄い。

一人暮らしではなかなか気づいてもらえない可能性がある。

友人を頼ることも考えたが、一緒に登った際に遭難してしまう可能性もあるし、登山に行く度にスケジュール等を知っておいてもらう必要があるので、場合によっては向こうの迷惑になってしまうこともあるかもしれない。

そんな風に思うと、やはり頼りに出来るのは両親を置いて他にいなかった。

当時は決して良好な関係ではなかったが、自分の身の安全を守る為にも臆するわけにはいかない。

凪咲は勇気を出して実家に赴き、両親になるべく丁寧に話して相談したところ、快く引き受けてくれた。

少なからず手間を掛けることになるのに、少しも嫌な顔をしないでくれて、改めて家族なのだと思えた。

それ以来、凪咲は登山の際にはその予定を両親に伝えるようになった。
もしこちらからの連絡がないようであれば、捜索願いを出してもらうことになる。
下山の際には撮った写真と一緒に無事を伝えるようにした。

そうするようになってからは、母とLINEで些細なやり取りをすることも増えて、帰省も週末にふらりと行くこともあり、前はあまりしていなかった仕事や登山の話も良くするようにもなった。

気づけば、両親との間に感じていた距離は埋まっていた。

そこにある繋がりを思い出させてくれた。

そのきっかけをくれたのは、『ココヘリ』だった。

遭難した時の為のサービスではあるが、きっとそれだけではなくて、周囲の人間との繋がりを感じさせてくれるものでもあるのだろう。

自分の安全を願ってくれる誰かがいるからこそ、それは強い意味を持つのだから。

凪咲は会員証を撫でるように軽く触れた後、勢いよく立ち上がった。

「さぁて、もうひと頑張りいきますか」

下ろしていたザックを背負い直し、歩き始めた。

まだまだ険しい道のりは続いているが、休んだお陰で気力は十分だ。

凪咲は頂上へと通じる道へと足を踏み入れていった。

ココヘリが結んでくれた繋がり

「凪咲は今この辺りかしら」

朝の内にやっておくことを終えて少し休憩中の晴恵は、ソファに座ってスマホで凪咲が今登っている山について調べてみていた。

それぞれの季節の風景やおすすめスポットに関する情報が出てきて、どれも綺麗な景色だった。

事前に送られてきたスケジュールと照らし合わせたところ、順調に行っていればもうすぐ山の頂上に着く頃のはずだ。
電波は届かないらしいので、無事であることを祈るしかない。

晴恵は凪咲が趣味に登山を始めたと聞いた時、不安な気持ちを抱いた。

登山者が遭難して命を落としたという話はニュースでたまに見るし、日常とは比べものにならない危険が付き纏うという印象だ。

親としてはそういうことはあまりして欲しくないというのが本音だった。

もしそれで彼女が命を落とすようなことがあれば……考えるだけでも恐ろしい。

しかし、凪咲は登山を始めたことでとても楽しそうなのも間違いなかった。

始める前は何だか元気がなさそうに感じることが多かったが、今は随分と明るくなったと思う。

その気持ちの変化には登山も関係しているのだと思うし、そうなると否定するわけにもいかなかった。

夫の誠は口数が多いタイプではないこともあって、昔から凪咲に対しては口うるさくなってしまうことが多かった。

それでも、彼女が実家にいた内はそれなりに良好な関係を築けていたと思うが、就職して一人暮らしするようになってからは一気に遠のいてしまった気がした。
知らぬ間に物理的な距離だけでなく、精神的な距離が出来ていた。

凪咲から連絡が来ることはほとんどなく、こちらから連絡しても簡素な返事がくるだけで、どんな日々を過ごしているのかも良く分からない。

帰省もなかなかしようとせず、何だか避けられているように思えた。

それは幼少期から彼女のことを傍で見てきた晴恵にとっては初めてのことで、心配や不安が綯い交ぜになったような思いでいっぱいだった。

このまま離れていってしまうのかと思えば、酷く悲しい気持ちになった。

しばらくして、ようやく帰省してくれた凪咲と顔を合わせたが、その顔は家を出る前よりも痩せたように見えたし、会話はどこか上滑りしているように感じられて、彼女はまるで居た堪れない様子で長居せずに帰ってしまった。

晴恵は凪咲が何か問題を抱えているように思えたが、誠に相談しても「凪咲はもう大人だ。自分のことは自分で判断できる。もし頼ってきたなら応えれば良い」と返されては何も言えなかった。

自分が過保護なだけかもしれない、と無理に納得することにした。

それから更に時間が経ったある日のこと。
特別なことは何もない週末に珍しく凪咲が実家にやって来たかと思えば、『ココヘリ』のことを説明してくれて、いざという時の連絡役を頼んできたのだ。

晴恵にとっては青天の霹靂とも言える出来事だった。
登山を趣味としていることもきちんと話してくれたのはその時が初めてだ。
初めて聞かされる情報の多さに戸惑いこそあったが、凪咲が自分達を頼ってくれていることは分かったので、了承することに迷いはなかった。

そうして、凪咲が『ココヘリ』の会員になってからは、登山に行く前には晴恵のもとに連絡が来るようになって、下山した後にはいつも登山中に撮った写真を送ってくれた。
楽しそうにしている姿に安心できたし、それをいつも一緒に見る誠もあまり表情には出さないが喜んでいるようだった。

それ以外にも自然と日常的なやり取りも交わすようになって、しばらく凪咲との間にあった見えない壁が取り払われたように思えて、晴恵は嬉しかった。

『ココヘリ』は自分達の繋がりを取り持ってくれたのだ。

もしそれがなければ、自分達はどうなっていただろうか。
今も距離を感じたままだったかもしれない。
そう思うとゾッとする。なので、その存在には感謝しかない。

「さ、そろそろお昼の準備をしないと」

時間を確認した晴恵はスマホを置くと、立ち上がってキッチンへと向かった。

その心の内では凪咲が無事に登山をし終えることを祈りながら、もしもの時にはちゃんと警察に連絡する覚悟を忘れないようにしていた。

「やぁっと、着いたぁ……!」

凪咲は山の頂上となる場所に足を踏み入れ、ぶわっと視界一面に広がった見晴らしの良い景色に、感嘆の息を吐き出した。

登山の醍醐味は色々あると思うが、その一つは間違いなくこの瞬間だ。

長い道のりの果てに頂上へと辿り着いた達成感と、遥かな高みから辺り一帯を眺める解放感。
それは何ものにも代えがたい気持ちにさせてくれる。

しばらくその感覚をゆっくりと噛み締めて、十分に満足したところで重いザックを落ろすと、次はスマホで写真を撮り始めた。自分の思い出用と両親に見せる用だ。

その後は用意していた昼食を取り出して、美しい景色を楽しみながら食べた。

食べ終えた後も疲れた身体を休める為に寛いで過ごす。山の頂上で淹れる珈琲は最高だ。

あまりのんびりし過ぎると下山前に日が暮れてしまうので良くないが、事前に決めていた頂上の出発時間まではまだ余裕があった。

「…………」

凪咲はぼんやりしながらちょっとした考え事に耽る。

下山したらまずは母にLINEを送ること。
それは最優先だ。絶対に忘れてはいけない。

そう言えば、来週は特に予定がないけれど、どうしようか。

そんな風に思ったところで、一つの考えが脳裏をよぎった。

「……そうだ。そうしようかな」

凪咲は一人で頷いて、思いついた考えを実行することに決めた。

やがて、予定の時間まではまだ少しあったが、休憩も済んだと判断して立ち上がった。

「家に帰るまでが遠足ならぬ登山、ってね」

ザックを背負い直しながら気を引き締める。
下山する時に怪我をすることも少なくない。

凪咲は周囲に注意を払いながら下山の道を歩き始めた。

窓の外の町並みが少しずつ赤い光を帯びてきた頃になって、晴恵は居間でスマホの様子を頻繁に確かめていた。

そろそろ凪咲が下山して連絡をくれる時間だ。

もし連絡が来ないということがあれば、それは予定外の事態があったことを意味する。

単に遅れているだけなら良いが、怪我で山を下りれなかったり、遭難している場合は晴恵が警察に連絡する必要がある。

もう既に何度かこうして凪咲の連絡を待つ体験はしているが、未だに慣れることはない。
どうしても緊張してしまう。

それでも、彼女が何をしているか知らないよりはずっと良い。

そんな風に思っていたところで、スマホは軽快な音を鳴らして、凪咲からのLINEが来たことを告げた。

晴恵は深く安堵する。
どうやら無事に下山できたらしい。
すぐさま傍にいた誠に向かって言う。

「お父さん、凪咲から連絡が来ましたよ」

「そうか」

淡白な返事だが、隣り合って凪咲から送られてきた写真を一緒に見ていく。

どれも彼女の楽しさが伝わってくるようなものばかりだった。

晴恵が思わず微笑を零していると、横で誠はボソリと呟いた。

「良い表情をしているな」

「ええ、そうですね」

晴恵は頷いて、ひとまず届いた写真は見終えたので、凪咲にメッセージを返そうとする。

と、そこで彼女の方から先に新しいメッセージが届いた。

『次の土曜日、そっちに帰ろうと思ってるんだけど、どうかな?』

晴恵が誠の方を見ると、彼は何も言わずに頷いた。

『もちろん大丈夫。ご馳走を用意しておくわね』

そう送ったところ、マスコットが小躍りしているようなスタンプが返ってきた。

前の凪咲は帰省を避けているように感じたが、今は違っている。

きっと今回の登山についても色々と話を聞かせてくれるだろう。

「楽しみですね」

「ああ」

晴恵は期待に胸を膨らませながら誠と一緒にもう一度、凪咲が送ってきた写真を眺めていくのだった。

 

                                                  

ココヘリ×やまステ▲タイアップ小説

遠く離れていても心は繋がっている -fin-

※この小説は実在するやまステ▲部員が、ココヘリを通じて経験した出来事を小説化したものです。                   

         

                    

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次